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CANAAN op.13~キボウノチ~

2009年10月12日 20:12

カナンとアルファルドの因縁対決が終わる第13回。
揺れる列車の中で過去を断ち切る。



・二人のカナン(後編)

<あらすじ>
カナンとアルファルドの対決が大詰めを迎える頃、爆弾が爆発した。マリアの命はこれで尽きた。されど、揺るがないカナンにアルファルドは―――。



<感想>
「片腕の女」がアルファルドなのかは不明ですけど、雰囲気的に生きてるっぽいですよね。

アルファルドがシャムの亡霊から逃れる方法は私が考えるところ三つ。

一つは、"超人"であるカナンを倒すこと
これまでの話は全てこのためにあったと言っていいでしょう。
ただ、このことが無意味であると考えるようになったのは、どういう理由かよく分からないんですよね。あのカナンの説得にそこまでの効力があったとは思えないんだけど。まぁ、無意味さに気付いたということにしておいて。

二つ目は、死ぬこと
だからこそ、銃で蛇の刺青がある腕を撃ち抜き、引き千切ることでそれを選んだ。このシーンは、シャムの亡霊からの解放を意味する象徴でもあるでしょうね。

本当は、アルファルドに関してはここで終わらせておいて、完全に生死不明にしておいた方が良かったような気もするんですが、そんな感じでもないので、もう少し。

最後の一つは、カナンのように新しい「光(友達)」を見つけることです。
で、仮にアルファルドが生きてるとして、アルファルドの「光」は何なのか?
考えられる存在は「カナン」しかいないのですが、アルファルドの場合は「光(好敵手)」ってとこですか。

アルファルドは生きるつもりはなかったと思うんですよね。それなら、大人しくカナンに助けられてると思うんです。死ぬことを選んでなお、生きているということはつまりは、そういうことなんだと思います。死のうと思えば、いつだって死ねるわけだし。

最終的には、アルファルドも救われた、という結末になったのかな。
ちなみに、カナンにとってもアルファルドは「光(好敵手)」になったんじゃないかなと思う。最後は嬉しそうだったし。
マリアが二人の写真につけたタイトル「CANAAN」。実のところ、マリアは無意識の内に二人がお互いのカナンであると感じていたんじゃないかと。マリアはカナンの隣に立つことを望んでいたけど、それはできなくて、でも、アルファルドならできるんじゃないのかと羨ましく思ったりもして。

カナンの非日常とマリアの日常―――御法川の言うように「境遇が違いすぎる」二人は決して並ぶことはできない。カナンはすごい。けれども、それは一生懸命に生きてきたからこそであって、特別なものではなかった。もちろん、マリアもそうであって、その点において、二人の間に壁は無い。だからこそ、心は寄り添うことができる。最善の結論ではないのかもしれないけど、納得の結論を出せたことがマリアの成長ではないでしょうか。

ユンユンに関しては、最後に見せ場を作ったかなと。それでも、カナン、アルファルド、マリア以外は蚊帳の外感がありましたね。
御法川の見せ場もこれまでに作ろうと思えば、できたんじゃないかなぁと思うのですが、そこは残念ですよね、やっぱ。
そして、まさかのカミングズ生存。うーん、無理に出す必要は無かったと思うけど。
ネネの「LIFE」は、本気の高垣彩陽さんだろ、あれはw「チャイナ気分でハイテンション!」とか本気で欲しいと考えてるんですけど、今の状況、手が出るかなぁ。あぁ。



はい、とうとう最終回を迎えたわけですけども、P.A.WORKSは丁寧で高品質な作品を提供してくれるのがいいですよね。絵や動きに関しては文句のつけようがないです。
話としては、色々と考える余地があって、そこが面白いと言えば、そうなのですが、もう少し細かな説明や描写があっても良かったかなと思う。漫画の方を少し立ち読みしたのですが、こちらの方はそういうところもフォローされてて、漫画は漫画で読めそう。
カナン、アルファルド、シャムの過去についてはまだまだ気になるところはたくさんあったんですけど、とりあえずは、本作品で、カナンとアルファルドの関係、カナンとマリアの関係と当初から掲げられていた問題はきちんと纏めてくれました。

さて、最後になりましたが、スタッフ、キャストの皆様、本当にお疲れ様でした。
P.A.WORKSは次は「Angel Beats!」ですか。いきなり、でかいのがきたなぁと思っているのですが、きっと、期待に応えてくれるでしょう。来年が楽しみです。



・薄茶色の示すものは?
散々、ここでは、この問いに関して触れてきたので、やっぱり、最後にこれについて考えたい。
どうやらほぼ、「絶望」なのではないかと思われますが、あえて逆らってみる。
本当なら、シャムがカナンやアルファルドに何を望んでいたのかが分かれば、一番分かりやすいのですが、残念ながら、シャムがどういう人物なのかも細かいところは明らかにならないまま終了したので、わずかな手がかりを基に考えるしかありませんね。

そのわずかな手がかりというのが、シャムと同じ色をしていたアルファルド。あの時のアルファルドの感情は本当に「絶望」だったのか。
やっぱり、私は、「希望」だったんじゃないかなぁと思うんです。だって、あの時のアルファルドにとってはカナンだけが自分を呪いから解放してくれる唯一の存在だったんだから。

それに、シャムに色を問われた時も、薄茶色が「絶望」の色だったら、あんなに無邪気に答えるかなぁと思って。
シャムも"超人"と呼ばれる存在の前では絶望するしかないとは言っていたけども、それならどうして"カナン"という名前を与えたんだろうか。この名前をつけた以上、やはり、カナンには何らかの希望を抱いていたんじゃないかなぁと思ってしまうわけです(もちろん、アルファルドに対しても)。いくらその能力を知る前とはいえね。だからこそ、シャムという人間がどういう生き方をしてここまで来たのかとか気になるのですが、それは分からずじまいのまま。

はたして、薄茶色が示すものは「絶望」なのか、「希望」なのか。
答えはそれぞれの中にあるのでしょう。
私は、「希望」ということにしておきます。
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