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UN-GO op.1~舞踏会の殺人~

2011年11月14日 21:32

いつかの偶像を夢見る第1回。
あなたをずっと「英雄」のままにしておきたい。全ては美しいままに…。

・Idol worship

<あらすじ>
加納グループの社長である加納信実は自らにかけられたある嫌疑を晴らす為、自宅にてパーティーを執り行う。そして、いざ、嫌疑を晴らす為の演説を始めようとした時、加納は何者かに殺害されてしまう。はたして、加納を殺したのは誰か―――結城新十郎、海勝麟六―――二人の名探偵の推理が冴え渡る!



<感想>
この段階で4話まで観ているのですが、この作品の本質は、トリックやアリバイの巧妙さに感嘆する―――というような、いわゆる「推理物」としての色彩は薄く、それよりも、新十郎と麟六の対比を通して、「善悪の在処を問う」ということがテーマになっていると思います。もう少し噛み砕いて表現するならば、「真実を暴きたてることが正しいのかどうか」ということを私たちが考えることがこの作品の醍醐味なんだと思います。

麟六は真実を分かっていながら、あえて違う推理をしてみせました。それは、誰にとっても損のしない結末を迎えることになるのですが、はたして、「偽装の上に成り立つ幸福は本当の幸福と呼べるでしょうか?」
新十郎が真実を暴きたてる真意はどこにあるのかは不明ですが、彼が行う推理の結末は麟六とは対照的に誰にとっても必ずしも幸福なものとは言えません。しかし、紛れもない「真実」であり、はたして、「真実を曝け出すことは悪なのか?」

と、まぁ、こんな感じのことがどのエピソードにも根底にはあるのだと思うのですよね。あくまで4話まで観た感じだと。
加えて、ここには「犯人が罪(殺人)を犯すことの正当性」も問われることになり、これも最初に挙げたテーマ――「善悪の在処を問う」―――に直結してきます。つまりは、「罪を犯す(人を殺す)ことが正しいのかどうか」ですね。
よって、事件における私たちの最大の注目ポイントは「トリック」や「アリバイ」以上に「動機」にあるんですよね。Why did you kill the person?



今回の場合、検察や警察に「犯罪者」という汚名を着せられるなら、いっそ「英雄」として―――美しいままで自分の愛する夫を留めておきたかったが故の殺人だった訳ですが…加納は実際に金を着服していたわけじゃないんだから、意味なくない?というツッコミをする人もいる…かな?
ですが、現在の加納は戦争時のような「英雄」扱いはされておらず、私腹を肥やす、いわば、「悪者」扱いされていたという。彼女はそれにも耐えられなかったんでしょうね。だから、検察と警察の陰謀によって殺された「犠牲者」になることでさらに名誉の神格性を高めようとしたのでしょう。



彼女の犯した罪は正しかったのか、間違っていたのか。
正しいのは世界なのか。間違っているのは彼女なのか。



麟六は加納の名誉を守り、全てが「美しい結末」になるように持っていきました(おそらくは敦子の名誉をも守ったと思われる)が、彼がどうしてそのようなことをするのか、その真意もまた現段階では不明ですね。
当然ですが、新十郎の推理が通ってしまうと、加納の「英雄」としての名誉の神格性が失われ、また、敦子自身の立場もどん底にまで堕ちてしまうことでしょう。

ここで、不思議に思うのは、泉ちゃんが「真実」を公表しないことなのですが…うーん、これは想像の範疇になるのですが、加納を失った今となっては敦子まで失うことは、国にとってあまりにも不利益が大きいから、なのでしょうか。

しかし、泉ちゃんは検察の人間なのに、真実を闇に葬っちゃっていいんですかねw彼女もまた「組織」という名の歯車の一つに過ぎないということでしょうか。
アニメでは、梨江をメインに据える代わりに泉ちゃんがサブに降格しちゃってる感じですね。原作では泉ちゃんにあたるキャラクターはメインの一人でバリバリのかませっぷりの推理を発揮してくれて(その役目は泉ちゃんと共に麟六にあたるキャラクターも主には担っていますがw)、それを新十郎が痛快に自らの推理で覆す…という「娯楽推理小説」の要素が強いのですが―――少し話が脱線しました。せっかく、アニメでは泉ちゃんは格好いいキャラクターに仕上がっているので、彼女も活躍してくれるといいですね。星玄もアニメでは滅茶苦茶格好いいですw



麟六の娘である梨江は新十郎の正しい推理よりも麟六の間違った推理が通ってしまうことに疑問を抱くものの、「美しいものは美しいままに」という麟六の考えにも一定の理解を示しますね。私たちに一番近い距離にいるのが梨江であり、新十郎と麟六という二人の名探偵とその推理に触れることで彼女はどんな答えを出すのでしょうか。彼女の今後の動向にも注目すべきところでしょう。
何と言っても、梨江は原作では加納の娘「お梨江」として出てくるだけのこの話だけのスポットキャラクターなので、それをレギュラーに持ってきているのはこれまた一つの大きな違いでしょうね(どうやら、他の話でも出てくるみたいですね。しかし、その出番は名前が出てくる程度なのかな。現在、「ああ無情」を読んだ限りだとそんな感じなのですが)。
新十郎と因果のキャッキャッウフフに彼女が頬を赤らめるのが、また何とも可愛い。



今回のエピソードは、「明治開化 安吾捕物帖」の中の「舞踏会殺人事件」が底本にされてますが、事件発生の舞台背景や設定、手法、結末…ありとあらゆる点でほとんど別物ですw
前述した通り、私がこの話を読んだ限り「明治開化 安吾捕物帖」は「娯楽推理小説」という感じで、アニメほど哲学チックな内容ではなく、純粋に「推理」を楽しむ作品のような気がします。
かと言って、社会的要素が排されているわけではなく、事件発生に至るまでの社会的背景の描写はアニメでは少し詰めの甘いところですね。原作ではこの辺は仔細に描かれています。もちろん、この部分も原作とアニメでは全然違うのですがねw
犯人の結末については、アニメと原作を比べると、なかなか興味深いですね。アニメでは濁してますが、やはり、敦子もあの後は罪に見合った罰を受けるのでしょうか?

残念ながら、私は坂口安吾の人となりや思想について詳しいわけではないので、その辺と作品の関連性については語ることができないので、その点についてはご容赦のほど。
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